下村 晋也

【略歴】
幼少から高校卒業まで三股町で過ごしたのち、
明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)卒業。
三股町へ帰郷し、7年間の鍼灸院勤務を経て、
平成25年(2013) 8月から現在地で開業
【資格/実務歴】:20年
・はり師免許:厚労省134442号
・きゅう師免許:厚労省134271号
学術団体:平成19年(2007)から在籍中
(平成24年から鹿児島部会役員)
【モットー/こころがけ】
わたくし個人をあらわす言葉、
というよりも『努力目標』として意識している項目です(;^_^A。
一、生きることは、『練習』
二、己を責めず、他人も責めず
三、徐而不鈍 速而不粗
(おもむろにして鈍ならず すみやかにして粗ならず)
ストーリー
幼少期
曾祖父:療術家
祖父、叔父:鍼灸師
という家系に生まれ、4才までは高千穂や小林で過ごしていました。
このころ、アトピー性皮膚炎を発症。

その後、三股町に定着してからは、スポーツ少年団(三股サッカー)の活動や叔父と祖父のはり・きゅうの助けなどのおかげもあり、裸足で走れる程度には丈夫になりました。

鍼灸の道へ
きっかけは、高校生のころ。
小学生のころから続けていたサッカーで故障。
診断は『腰椎分離すべり症』
このときも祖父と叔父のはり・きゅうを受けながら、高校最後の大会まで出場することができました。
鍼灸学校へ
この体験もあり、
進路希望を高2の夏から変更して、鍼灸科のある学校への進学を目指すことに。
明治鍼灸大学(現:明治国際医療大学)
理想と現実
さて、めでたく鍼灸学校へ通うことになったわけですが、
感想としては「なんか違う(´・ω・`)」
もちろん、1年生の頃などは常識としての『解剖学』や『生理学』といった現代医学系の科目がメインだったので、無理もなかったのですが・・・
それ以上に、
祖父や叔父から受けてきたものが私にとっての『はり・きゅうのすべて』であったので、学校で見聞きする西洋的な基準や考え方、中国鍼灸的な物の観方など、
ひとことに『鍼灸』といっても、その内実にはずいぶんと「幅がある」と実感したのは、この頃のことです。
経絡治療
そうして、最終学年にもなりますと、就職も視野に入れて『自分の理想の鍼灸のスタイル』を意識するようになります。
そこで学校内や学術誌などを眺めてみますと、
約半分は中国鍼灸をベースとした『中医学』、
もう約半分は西洋医学的な考え方をベースにした『現代的鍼灸』。
その『余り』のように、統計の上では「ぽつねん」と存在していたのが、日本の伝統鍼灸『経絡治療』。
そうして、学校の図書館で調べ、
そうか、「幼いころから、これこそ“鍼灸”と思っていたのは、【経絡治療】だったのか。」
鍼灸学校に入学して、
「なんか違うなぁ(´・ω・`)」と思い、
『経絡治療』を再発見するまで、チョット周り道をした、学生時代でした。